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========== あとがき ==========

 この原稿をネットで見つけたとき、正直、ちっくしょー、と思いました。
 まず、主人公である亀井遠士郎なる人物。こいつは原稿の中で、学生時代に私とクラスメートだったと書いていますが、嘘です。同窓会名簿を見ても、そんな名前の男はいません。
 次に、私の顔が、ある芸能リポーターに似ているという記述も間違い。いえべつに私は自分のことをハンサムだと言っているのではありません。似てないのです。
 さらにいえば、私が世間の上澄みをかすめ取るような安直な取材をしている銀蝿みたいな野郎だという罵詈雑言。これってめちゃくちゃ心外です。なんたる言い方だ。
 いったいだれが書きやがったんだ、ちっくちょー。
  こいつを見つけたとき、この原稿をネット上から、すべて抹殺してやりたいと考えました。でも、ネットはコピーの海です。私のようにコンピューターに疎い者 が、ひょんなことからひょっこり見つけたくらいです。すでに膨大な数の人が同じ文章をダウンロードして読んでいるでしょう。あるいは、それを好き勝手に書 き直して、ネットに再配布しているかも知れません。
 だいたい、ネットワーカーというのはそういうことを平気でやるものです。この原稿だって、すでに多くの人が書き直したものかもしれないし、オリジナルがどこにあるのか、見当もつきません。
 もはや手の施しようもない。
  そう判断した私は、あえてこれを出版しようと考えました。「マスコミ芸者」などという、私に対するいわれなき言いがかりも、この際甘んじて受けてみようと 思いました。あえて自虐的な行為をしようとする理由は、こうした珍妙な文章がネットで配布されているという事実を、白日の下に晒す意義があるからです。
 言うまでもなく、この作者は自ら名乗り上げない卑劣な輩です。しかし、彼がここで描いてみせた世界は、ネットというものがなければ成立し得なかったものです。
  マスコミで責任ある発言をおこない、オピニオンリーダーとしての地位を築き上げた私に、一介の小市民がいくら不平を並べ立てたところで、そんなのゴマメの 歯ぎしりです。新聞社や出版社、放送局に抗議の電話をしたとしても「貴重なご意見どうもありがとうございました」で終わり。クレーム処理係は心の中で 「うっせーな、このバカ。こんな電話してくる時間あったら、こぶ茶でも飲んでろ」と舌を出していることでしょう。小市民というのはその程度のものです。あ なたたち小市民は、マスコミや私のような高名なジャーナリストの言うことをよく聞いて、おとなしく生活すべきなのです。
 しかし、時代は変わりつつあります。「門土知安」が言っているように、情報の流れに変化が起きています。ネットの時代が到来して、どんな人にもある程度の発言が許されるようになったのです。
 むろん、ネットにはくだらない発言が日々膨大に蓄積されています。その多くはだれからも相手にされず、電子のゴミとなっています。ざまーみろ、です。
 ただ、時おり、そんな塵溜めの中には、多くの人の目に触れるべき優れた作品もあります。そして、その一つがこれです。
 人気者の私へのツラ当てで書かれたものではありますが、私はこうした作品がたくさん生み出されることを期待しています。私のような有名人が書こうと、無名な小市民のド素人が書こうと、良い作品は良いのですから。
 おっと、これを書いたのは、ひょっとすると、ジェリィ平賀本人ではないか、という声も聞こえてきそうです。ことの真偽は、読者の想像に任せることにしましょう。興味のあるネットワーカーは、どうぞ追跡調査してください。

 一九九八年四月一日

 取材で訪れたパリのアパルトメントの窓から、
 シャンゼリゼ通りのジェンヌたちをながめながら

                 ジェリィ平賀

========== 本当のあとがき に続く ==========

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